ころたんの日常 測ることの大切さ、でも測りすぎない勇気

日常の出来事

こんにちは!ころたんです(^_^)/

統合失調症を発症したばかりの頃、私は陰性症状に苦しみながら、「早く良くなりたい」という気持ちを強く抱いていました。
その焦りから、毎日のように自分を測っていました。
「今日は買い物に行けるだろうか」「朝、決まった時間に起きられるか」「人と話すと疲れないか」――そうした一つひとつの行動を通じて、自分がどこまで回復しているのかを、無意識のうちに確認し続けていたのです。

今思えば、それはごく自然な行動だったと思います。できることが極端に減ってしまった状態から、少しずつでも「できることが増えている」と感じたい。そのために“測る”ことは、回復への希望を確かめる行為でもありました。

けれど、同時にこうも感じていました。
毎日のように測っていると、ほんのわずかな後退にも敏感になってしまう。
昨日できたことが今日はできなかっただけで、「自分は戻ってしまったんじゃないか」と不安になる。前に進んでいるつもりなのに、同じところをぐるぐる回っているような気持ちになる。

そんなとき、ふとしたきっかけで「夢中になる時間」が持てたことが、私を救ってくれました。
何かをやってみたいと思い、やってみた。
その出来栄えを気にするよりも、取り組んでいる最中の「おもしろい」「もっとやってみたい」という気持ちの方が勝っていた。気づけば、少しずつ集中力も戻ってきて、前よりも長い時間、ひとつのことに向き合えるようになっていました。

そうしてしばらくしてから、自分をふと振り返ってみたとき――
「あれ、前よりもずっとできることが増えている」と、自然と実感することができたのです。

これは私にとって、「測らない時間」がもたらしてくれた発見でした。
もちろん、測ることは必要です。でも、それが短い間隔すぎると、変化の“揺れ”に翻弄されてしまう。行ったり来たりしながら進んでいる途中では、むしろあえて測らない時間を取ることが、前進を支えることもあるのだと学びました。

まるで、子どもの成長のようです。
毎日一緒にいると気づかないけれど、久しぶりに写真を見返したときに、「ああ、こんなに大きくなっていたんだ」と驚くように。変化は、時間をおいて振り返ってこそ、はっきりと見えてくるものなのかもしれません。

「今どれだけできるか」だけを見続けることではなく、
夢中になってやってみる時間と、ふと立ち止まって振り返る時間。
その両方を持つことが、私にとっての「回復」でした。

測ること。
測りすぎないこと。
その間を、揺れながら――
でも、たしかに前へ。

そんな歩みの中で、私は自分自身を少しずつ肯定できるようになったのだと思います。

今日も頑張ってお薬飲みます(/・ω・)/

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